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日本英語教育史学会 第263回研究例会

開催日時 14:00 17:00
定員30名
会費0円
場所 東京都文京区本郷2-4-4 順天堂大学 お茶の水キャンパス第2教育棟402教室

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日本英語教育史学会 第263回研究例会

内容
研究発表 「「シェイクスピアを1册も讀んだことのない敎師は、良い敎師とは言へない」:シェイクスピアが英語教材だった頃を振り返る」
内丸 公平氏(東洋大学助教)
【概要】
「シェイクスピアを1册も讀んだことのない敎師は、良い敎師とは言へない」という福原麟太郎の措定は、戦前から戦後1950〜1960年代にかけて、福原だけではなく、多くの英語教師に共有されていた。英語(教育)といえば「英文学」であり、その精華といえば「シェイクスピア」だったからである。よって英語教科書(英語読本)にも、そうした考えが反映されていた。そこで、本発表では、戦前・戦後の英語教科書に掲載されたシェイクスピア作品を総覧した結果を踏まえ、日本の英語教育でシェイクスピアはどのように位置付けられていたのかを紹介し、どのような形で、どのくらいの数の教科書に掲載されていたのか、そして、いかに減退していったのか報告する。

研究発表 「同志社大学の良心 元同志社大学教授L. W. ハブル氏の事績」
森永 弘司氏(同志社大学嘱託講師)
【概要】
同志社大学は新島襄によって1875年に創立された同志社英学校を前身とする大学である。開学以来多くの外国人教師が教鞭を執ってきたが、高校中退で1冊の研究書はおろか1篇の学術論文もなしに英文学科の専任教授になったのはリンドレー・W・ハブルが初めてであり、その後もこうした事例は絶えてない。この破天荒ともいうべき人事を実現させたのは、ハブルが教授に就任した当時の文学部長を勤めていた上野直蔵の多大な尽力によるものである。ハブルに1回会っただけで、上野に横紙破りの人事を断行させることを決心させたものは何であったのか、に関して今回の発表で述べさせていただきたい。その一番の理由として、上野がハブルの人となりを高く評価していたことがあげられる。新島は「知育」と並んで、いや「知育」以上に「心育」(心の教育)を重視し、「良心を手腕に運用する人物」の育成を建学の目的とした。上野はこの「心育」という観点からハベルを高く評価していたと推察される。上野の教え子で、上野にハベルを紹介した金関寿夫(都立大学名誉教授)は、ハベルの遺品の整理にあたった際に、「彼はぼくらの良心だったな」と呟いたとのことである。またハベルが亡くなって18年後に、ハベルの薫陶をうけた教え子によって偲ぶ会(2012年から連続して3回開催されたが、主催者の同志社女子大学名誉教授尾崎寔が病の床に伏したため中断されている)が開催されたことも、ハベルが偉大なメンターであったことを示している。上野がハベルを高く評価した2番目の理由として、彼が優れた詩人であり教養人であったことがあげられる。ハベルは学問的な業績はなかったが、26歳の時にイエール新人詩人賞を受賞した一流のモダニスト詩人であり、文学史に名を残すエズラ・パウンドやガートルード・スタインとも交流があった。また彼はフランス語、ドイツ語。イタリア語、更にはプロバンス語にも通じていた。最も驚嘆するのは、シェイクスピアの全作品を全て暗唱していて、テキストなしに自由に引用できたことである。歴代天皇の名前も全て諳んじていたとのことである。上野は「知育」の点でもハベルは同志社英文科に打って付けの人材だと考えたのである。ハブルを英文科の教授に抜擢した上野の目に狂いはなく、ハブルの指導の下で、村田俊一(梅花女子大学名誉教授)、北垣宗治(元敬和大学長、同志社大学名誉教授)、小林萬治(元神戸大学教授)、岩山太次郎(元同志社大学学長、同志社大学名誉教授)、尾崎寔、二村宏江(同志社大学名誉教授)等多くの逸材が育っていったのである。

詳細は学会HP (http://hiset.jp/)をご覧ください。
問合せ 日本英語教育史学会例会担当
reikaiアットhiset.jp *Eメールの「アット」を「@」に変更してください。

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